人工知能について

 人工知能の厳密な定義はないに等しい。よって、ソフトウエアなどの広告に、いまの流行を取り入れて「人工知能による****!」などというフレーズが散見されるようです。

 ソフトウエア開発に使われる言語のコマンドに、if文(いふぶん)というものがあります。これは、if=もし、という英語そのもので、

 if(もし) 天気 = 晴れ then(が正しいなら) お散歩してください。
 ・・・というような並びで使うのです。(ここでは、わかりやすい文章にしています。)

 ソフトウエアの中には、このif文や、それを複雑にした case文等、多彩なコマンドによって、処理が分岐するように設計されているのです。

 なので、多くのソフトウエアは、小規模であってもなにがしかの「条件分岐」のルーチンを持っていて、条件によって動きが変わります。これが組み合わさって、複雑な条件に対応していくと、それがいつしか、コンピュータが「考えている」かのようにふるまいます。

 こうすることで、「人工知能みたい」なものが出来上がるわけですが、それだけでコンピュータが本当に考えていると言えるかというと、そうではありません。私の考える「
人工知能」は、自ら考えたり、学習してくれるものだと思うからです。

 何度か実行するうちに経験値が蓄積されて、よりよい判断をしたり、考えるようなルーチンを搭載したシステムこそが「人工知能」と呼んでふさわしいものです。いま目の前にあるシステムが本当に「人工知能」なのか、「人工知能みたい」なものなのかを判断することは、そのシステムの将来性を判断するために、大変重要です。ここでも、われわれ人間は進化を迫られているのかもしれませんね。
 

 以下、人工知能について、wikipediaより引用。
 「人工知能」という名前は1956年にダートマス会議ジョン・マッカーシーにより命名された。現在では、記号処理を用いた知能の記述を主体とする情報処理や研究でのアプローチという意味あいでも使われている。日常語としての「人工知能」という呼び名は非常に曖昧なものになっており、多少気の利いた家庭用電気機械器具制御システムゲームソフト思考ルーチンなどがこう呼ばれることもある。

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